鈴木真理のロンドン通信



No.84                                       娘とのイタリア旅行(2)   甦る文化遺産
 
今から14年前、よちよち歩きの娘を抱いて訪れたシスティーナ礼拝堂は、中央に修復用の足場が組まれていました。旧約聖書の物語を描いたミケランジェロの天井画は一部しか見えず、壁面の『最後の審判』もくすんでいました。
 
その後大がかりな修復作業が完了したというので、娘だけでなく私も、今回の礼拝堂見学を楽しみにしていました。狭くて暗い礼拝堂の入り口をくぐり抜けると、眼前には予想を遙かに超えた、鮮やかなフレスコ画が広がっていました。特にブルーとオレンジの美しさが際立っています。
 
娘と私はひとつひとつの場面を確かめながら、礼拝堂内の絵をゆっくり鑑賞しました。天井画の1枚目は創世記第1章第1節の「はじめに神は天と地とを創造された」にちなむ天地創造の場面ですが、ここから礼拝堂内のすべての絵を見て正面の『最後の審判』にたどり着くとき、そこに旧約聖書および新約聖書のメインイベントが集約されていることに気づきます。
 
前回訪れたときは見えない部分も多かったため、このような連続性を感じることはできなかったのですが、今回は圧倒的な迫力でそれを感じることができました。長い年月と多くの人々の努力が結実した修復作業の成果を、この目で確かめることができました。この修復作業には日本のテレビ会社が資金提供しており、そのことが館内で販売されているガイドブックにも記載されていました。日本人として、ちょっとうれしいことでした。
 
14年ぶりのローマは、システィーナ礼拝堂だけでなくあちこちで、文化遺産を甦らせる努力を目にすることができました。フォロ・ロマーノ(古代ローマの国家中枢があった場所)も少しずつ復元が進んでいましたし、カラカラ浴場(古代ローマのレクレーション施設)では床のモザイク復元が進行中でした。
 
古代ローマの競技場であるコロッセオも、当時を偲べるように復元が進んでいます。こちらはローマ法王と縁があるようです。この競技場で命を落としたキリスト教徒が多数いたことから、今回の受難日(イエス・キリストが十字架にかかった記念日)にローマ法王が追悼のためにここを訪れ、その模様を全国放送するということで、照明、カメラなどの準備が進められていました。残念ながらそのテレビ放送を見ることはできませんでしたが、ローマ法王がここからどんなメッセージを発信したか気になっています。殉教した人々の信仰をたたえるのみにとどまらず、宗教の違いから人が殺し合うことの愚かさを伝えるモニュメントとして、コロッセオを生かしてほしいものだと思います。
 
観光スポットだけでなく、あちこちに古代ローマを偲ぶものがあるのがローマの楽しいところです。ジェラートを食べながら一休みした楕円形の大きな広場(ナヴォーナ広場)は、古代ローマの戦車競技場でした。夕食に入ったレストランは古代ローマ時代のポンペオ劇場跡に店を構えているので、店内には劇場の柱が1本、そのまま保存されています。案内された席はこの柱のすぐ近く。どうやらこのレストランでは、柱の見えるところが良い席のようです。イタリア料理を食べながら、当時の人達はどんな舞台を見たのだろうかと、遠い昔に思いを馳せました。
 
03・5・8