鈴木真理のロンドン通信

 No.82
                                                  夢に賭ける若者たち〜ロイヤル・バレエ〜
 
米国メジャーリーグでの日本人野球選手の活躍は、米国が野球の本場であるだけに、日本人には嬉しいものです。それと同じように、バレエの本場である英国で活躍している日本人がいます。
 
ロイヤル・バレエ・カンパニーは、世界の3大バレエ団の1つに数えられる伝統あるカンパニーですが、ここで現在プリンシパル(最高位のダンサー)として活躍しているのが、吉田都という日本人女性です。
 
また数年前までは、熊川哲也という男性ダンサーもプリンシパルを務めていました。彼は98年ロイヤル・バレエ団を退団、翌年ロイヤル時代の主役級ダンサーとともに日本で「K―バレエカンパニー」を結成して活躍しているので、日本の皆さまの方がよくご存知かもしれません。
 
今年は、20世紀を代表する男性バレエダンサーといわれるヌレエフの没後10周年に当たり、ロイヤル・バレエでは追悼記念のプログラムを上演中です。ヌレエフが踊ったような振り付けをこなすことができる世界一流のダンサーたちが招かれてゲスト出演していますが、その中に熊川哲也もいます。
 
私はバレエのことはよく知らず、熊川の踊りを見るのも今回が初めてでしたが、英国人でバレエに興味のある友人にそのことを話すと、みんな「あのジャンプの素晴らしい日本人ダンサーね。知ってるわよ。」と言ってくれるので、改めてその存在を認識しました。
 
ヌレエフ追悼プログラムは、色々な作品の山場をあつめたような構成になっています。有名ダンサーが次々に登場して踊りを披露してくれるのですが、私が見に行った日は熊川がラストの作品の主役で登場し、ダイナミックな踊りを見せてくれました。満場の観客から惜しみない拍手とブラボーの歓声を受ける彼を見て、同じ日本人としてとても嬉しく思いました。
 
彼は15歳で、ロンドンにあるロイヤル・バレエ・スクールに留学しています。吉田都も同じようにこの学校で学びました。一流を目指す若者達が集うロイヤル・バレエ・スクール。先日私はひょんなことから、そのファイナル・オーデイション説明会に出席することになりました。
 
友人のそのまた友人にあたる方のお嬢さん(16歳)が、はるばる日本からオーディションに参加なさるというので、通訳のお手伝いに出向いたわけです。参加者は男女会わせて50名あまりでしたが、彼らは世界各地から応募してきた千人あまりの中から選び抜かれたファイナリスとであり、この場にいるだけで大変名誉なことだと、バレエスクールの校長から挨拶がありました。
 
オーディションは、実技、整体士による体の入念なチェックを中心に、学業についての説明と面談、1年目に入る寮の説明と見学が組み込まれています。この説明会を通じて私は、一流のバレエダンサーになる道がいかに厳しいものかを思い知らされました。
 
全員が1年目に入る寮は、100年以上前の古い建物です。2人1部屋が原則で、ベッドと小さな机を置くといっぱいになってしまう狭い部屋です。部屋のすみに小さなコンロと冷蔵庫があり、各自自炊しなければなりません。シャワーは1フロアに1つで、4-5人で共同使用です。バスタブなど、もちろんありません。洗濯は建物の外にある古いガレージの中で行います。
 
朝7時過ぎに寮を出た生徒は、朝からバレエの練習をみっちりやり、午後に2時間だけバレエ以外の授業を受けて、夜7時頃寮に戻る生活をします。バレエ以外の授業は、将来バレエで生計を立てられないときを想定して、別の職業を選ぶ道や、大学進学できる道を残しておくためのものです。従って、1日2時間の授業だけでは勉強量が足りないので、寮に帰ってからも毎晩勉強が必要です。
 
バレエスクールに入学した当初は、みんな物珍しさから週末に外出したり、パーティーに出かけたりするそうですが、2ヶ月もするとバレエの練習で体力的にとても大変になり、週末はゆっくり寮で過ごすことが多くなるそうです。「ロンドンという大都会に出てきて、誘惑も多いのではないかと心配なさっている親御さん。ご心配はいりません。バレエのレッスンが厳しいから、それ以外の所に使うエネルギーはありません。」ということでした。
 
このような厳しい生活を共にする仲間の連帯感はとても強く、チームワークも素晴らしいそうです。それが、一緒にプロダクションを創りあげるようなときに力を発揮するそうです。しかしこの学校を出たからといって、皆がロイヤル・バレエの団員になれるわけではありません。ましてやプリンシパルになるのは大変なことです。吉田都も、熊川哲也も、華麗な舞台の裏には、本当に厳しい研鑽があったのだろうと思います。
 
さて日本からファイナル・オーディションに参加したお嬢さんは、残念ながら入学許可がおりませんでした。ロイヤル・バレエ・スクールの初中等部の成績優秀者が内部進学するため、今年は千名ほどの外部応募者の内、入学を許可されたのはわずか3名でした。
 
でも彼女には、世界の舞台で踊りたいという大きな夢があります。秋からは、欧州の別のバレエ学校に入学することになりました。夢に賭ける彼女に、心から声援を送りたいと思います。

03・04・13