鈴木真理のロンドン通信


 No.81
                              蜷川 『ペリクリーズのロンドン公演
 
3月28日より4月5日まで、ロンドンのナショナルシアターにおいて蜷川幸雄の『ペリクリーズ』が上演され、各紙から絶賛されました。
 
ガーディアン紙は3月31日付の劇評で、次のように述べています。
「この作品は、『人間の弱さ』をたくさん抱えた戦争の犠牲者達が、死と復活を扱った古くからの伝説を演じるのを、観客である私たちが見ているという構造となっている。そしてこれが、少しも余計なものに感じられない。空爆の音や、弾痕から光が漏れるような効果を狙った原田保によるピンポイント照明さえも、重大危機に瀕したとき、人は復活・再生の伝説を必要とすることを暗示している。」
 
イラク戦争が激しさを増す中、この舞台は観客に強い印象を与えました。折しも、バグダッドでは空爆が続き、街は停電状態となっています。英国軍が攻撃するイラク第2の都市バスラでは、市民の飲料水確保が大きな問題となり、どちらの都市でも、英米連合軍とイラク軍との戦いのはざまに、身動きできない多くの市民がいます。
 
蜷川の舞台はそのオープニングから、現在まさに悲惨な状況に置かれている人々のことが思い起こされ、涙を抑えることができませんでした。停電で暗闇の中にあるバグダッドの人々は、空爆で破壊された建物の隙間からさし込む月の光を見ているかもしれない。ピンポイントの白い照明はそんなことを思わせます。舞台上数カ所に設置された水道管とバケツは、水が彼の地にあって人々の命綱となっていることを思い出させます。舞台後方には、頭蓋骨や人骨が無造作にうち捨てられており、観客席通路から登場する俳優達は、あるものは血の付いた包帯を腕から垂らし、あるものは足を引きずり、皆一様に地獄を見てきたような表情をしていました。
 
劇中劇の形となった『ペリクリーズ』の展開でも、蜷川の演出技術は各劇評で高く評価されていました。特に文楽人形の形式を取り入れて、時と場所があっという間に変わるこの物語をわかりやすくしている点が好評でした。ナショナルシアターで外国語の劇が上演されることは希なためか、字幕を表示する画面は小さく、字も読みにくいため、ほとんど役に立たないのが実状ですが、それにも関わらず俳優達の演技に引き込まれ、筋の展開を追うのに何の障害もなかったと各劇評は伝えています。
 
特に溌剌とした若さや、悲嘆にくれる様子を説得力ある演技で見せてくれたペリクリーズ役の内野聖陽、マリーナの純真さを体現していた田中裕子、3つの役(進行役、嫉妬にかられる女王、娼館の女将)を、それぞれに印象深く、見事に演じ分けていた白石加代子の名が、劇評で特筆されていました。
 
この傑作とも言うべき舞台では、ペリクリーズの妻タイーサが空中に浮かぶようにして棺の中から甦る場面、亡くなったと思い込んでいた娘との再会で、生ける屍のようであったペリクリーズに生気が戻る場面などを通じ、「悲惨な体験をした人々が再生と復活の物語を演じる必然性が表現されている」とガーディアン紙の劇評は結んでいました。
 
ロンドンではわずか11回の公演でしたので、劇評を読んで興味を持っても、劇場まで足を運べなかった人達がたくさんいることと思います。でもこちらでは、劇評を読むのを楽しみにする人達も大勢いるので、評価の高い劇評がたくさん出たことは、非常に影響力が大きいと思います。
 
ロンドン地下鉄駅で無料配布されるMETRO紙にも、星5つの最高ランクで劇評が載りました。METRO紙で5つ星はたいへん珍しいことです。結びは次のようになっています。
「上演時間は3時間15分であったが、私は幕が下りたあと、今すぐにでも、もう一度最初から見たいという強い思いに駆られた。これ以上の賛辞はないだろう。」
 
私は4月5日夜の、ロンドンでの最終公演を見に行きました。満席とまではいきませんが、9割近く客席が埋まっていたと思います。日本人はそのうち2割程度でしょうか。ロンドン在住の日本人もいれば、日本から応援に駆けつけたらしい人もいました。(私の後ろに座っていた女性は内野聖陽のファンで、日本からやって来て、今回のロンドン公演を見るのはその日で4度目ということでした)観客の大部分は、ナショナルシアターの常連客と思われる中高年の英国人でした。また中年の日本人女性と英国人男性というカップルも目に付きました。
 
幕が下りると、観客は一斉に立ち上がって拍手を送り、客席から舞台に向かってスイセンの花束がいくつも投げこまれました。俳優達と蜷川幸雄をはじめとするスタッフはそれを手にして拍手に応え、今度は舞台から客席に向かって、スイセンを投げ返してきました。舞台と客席が一体となって感動を分かち合えた気がしました。
 
劇場をあとにするとき、まだ涙の止まらない人もいました。多くの人が目を潤ませていました。その夜もテレビニュースでは、イラク戦争の様子が伝えられていました。市民に一刻でも早く平安が訪れるようにと、願わずにはいられません。
 
03・04・09