鈴木真理のロンドン通信                
 
No.80
                           と戦争

映画「恋におちたシェイクスピア」でシェイクスピア役を演じたジョセフ・ファインズが、久しぶりにロンドンの舞台に戻ってきました。
 
今回は、「恋の骨折り損 (Love’s Labour’s Lost)」というシェイクスピア初期の作品に登場しています。これはシェイクスピアが、自分の周囲の状況からヒントを得て書いたのではないかと推測されている作品です。
 
あらすじ
ナヴァール王とその3人の廷臣が、学問に精進するため、3年間禁欲的な生活を送ることを誓い合います。恋愛はもちろん、女性に近寄ることも禁止です。ところがフランス王女と3人の侍女が父王の使いとしてやってくると、彼らはたちまち恋におちてしまいます。王は王女を、廷臣達はそれぞれ別々の侍女を、好きになってしまうのです。彼らは誓いの手前それぞれの恋心を隠そうとするのですが、溢れる思いを押さえることはできません。それぞれがしたためた熱烈なラブレターがきっかけとなって、4人全員が誓いを破ったことが明らかになります。
皆が誓いを破ったことが分かれば、もう誰にも遠慮する必要はありません。4人は揃って相手に求婚。女性達の方もそれぞれの相手に好感を抱いているのですが、すぐには求婚に応じてくれません。4人揃ってさんざん男達をじらします。そのうちフランス王死去の知らせが届き、王女一行は結婚を1年後に延期して帰国してしまいます。
 

ナヴァール王は、シェイクスピアをはじめとする当時の詩人達のパトロンであったサウサンプトン公がモデルだと考えられています。また3人の廷臣のうち、最も技巧にすぐれたラブレターを書くビローンが、シェイクスピアだと思われます。そしてこのビローンを演じているのが、ジョセフ・ファインズです。ビローンがラブレターを綴る場面は、映画「恋におちたシェイクスピア」でシェイクスピアが恋人にソネットを書き送る場面が頭に浮かび、とても印象的でした。
 
今回の舞台は、中央に大きな木が配置され、そこに緑の葉が茂り、地面に相当する部分も柔らかい緑の草で覆われていました。美しい平和な世界で、人を恋する切ない思いが痛いほど伝わってきました。
 
しかし演出を担当したトレバー・ナンは、この作品にもう一ひねり加えていました。オープニングは、中央の木がまる裸になっており、地面にも草1つ生えていません。そこに爆音がとどろき、火の手が上がり、銃を持った兵士達がなだれ込んできます。数名の兵士が敵の銃弾に倒れ、そのまま舞台に取り残されます。爆音がやむと、舞台はいつのまにか緑におおわれた美しい世界にかわっています。倒れていた兵士の1人が起きあがり、不思議そうに辺りを見回します。撃たれたはずの傷も、いつのまにかなくなっています。この兵士がジョセフ・ファインズで、このまま「恋の骨折り損」の物語が始まっていきます。
 
傷ついた兵士が死線をさまよいながら見る夢が、この恋の物語という構造になっています。この物語が終わると、再び戦場のシーンが登場し、国際赤十字のマークを付けた人々が救助にやってきます。救助隊の中心になっている女性が、物語の中ではジョセフ・ファインズの恋人役です。
 
対イラク戦争が始まってから、毎日のように戦場のシーンがテレビに登場します。また命を落とした若い兵士達の写真も放映されます。そのたびに私はこの舞台のことを思い出し、心が痛みます。
 
シェイクスピアはこの作品で、技巧に凝って大げさな言葉を使いすぎ、真心の通じないラブレターを揶揄しています。戦争に関わっている指導者達の言葉も、「愛国」「正義」「自由」「解放」などの美辞麗句をならべて戦争への協力を訴えていますが、多くの人々が傷つくのを見るとき、私にはそれが空疎に響いてきます。

03・03・31