No.77
                                          ロンドンのヴァン・ゴッホ
 
先月日本では、1枚の油絵が大きな話題を呼びました。暗い背景に浮かぶ農婦の姿−この作品がヴィンセント・ヴァン・ゴッホのものと特定された途端、その価格が急騰したからです。
 
ゴッホはオランダ出身で、フランスでその生涯を終えますが、20歳の時に英国に渡っています。当時はまだ、画家になろうとは思っていなかったようです。親族の経営する画商のロンドン事務所従業員として派遣され、ロンドン南部のBRIXTONというところに下宿していました。
 
ロンドン事務所に2年勤めた後、パリ事務所に転勤となりますが、1年後英国にもどり、しばらく無給の学校教師などをしてからオランダに戻ります。それ以後2度と英国の土を踏むことはなかったようです。
 
昨年ロンドンでは、ゴッホがロンドンに足跡を残したこの僅かの年月に焦点をあてた戯曲VINCENT IN BRIXTONが上演され、話題を呼びました。(作:NICHOLAS WEIGHT 演出:RICHARD EYERE)
 
この戯曲は、ゴッホが弟テオに宛てた手紙などを基に、事実に忠実に構成されています。もちろん作者が想像を膨らませている部分もありますが、残された手紙を読むと、本当にそうだったかもしれないと思わされます。
 
例えばゴッホの下宿先は、40代の未亡人の家でした。戯曲では最初、ゴッホは彼女の娘に惹かれますが、後に彼女自身に惹かれるようになります。
 
ゴッホはテオへの手紙の中にこう記しています。
NO WOMAN IS OLD AS LONG AS SHE LOVES AND IS LOVED.
 
ゴッホの純粋さ、感性の鋭さ、そしてそれゆえの危うさ、傷つき安さといったものが、この戯曲には表現されています。
 
この作品を見るもう一つの楽しみに、視覚的な効果があります。随所に、ゴッホの絵を思いださせるような場面が出てくるからです。まずゴッホを演じているのが赤毛のオランダ人俳優Jochum Ten Haaf。彼の姿はゴッホの自画像を思い出させます。雨に濡れた靴を脱いで乾かしている間に、ゴッホがそれをスケッチし始める場面もあります。彼の残した靴の絵が思い起こされます。
 
幕間にも工夫がありました。暗転する舞台に1人の女性が現れて小道具を片づけるのですが、その女性の服装は、今回日本で話題になったあの「農婦」とそっくりでした。暗い背景に浮かび上がる農婦の姿―演出の心憎さに、今改めて感動しています。


03・03・07