No.72                     
                   
パントマイムを卒業したら
 
 
この季節のパントマイムは、無言劇のことではありません。クリスマスから新年にかけて上演される劇で、歌や踊りで脚色した明るく楽しいものが主流です。小さい子供のいる家族が、みんなで楽しめるようになっています。
 
今シーズンのパントマイムはどんな演目があったか、英国中の商業劇場を調べたある統計によると、「シンデレラ」を上演した劇場が34、「アラディン」が32、「ディック・ホイッティングトン(Dick Whittingtons)」が31、「ジャックと豆の木」が26となっています。
 
ロンドンではこれに加えて「アリババと40人の盗賊」「ピーターパン」「クリスマスキャロル」「眠れる森の美女」「くるみ割リ人形」「スノーマン」などが上演されています。
 
「クリスマスキャロル」「くるみ割リ人形」「スノーマン」以外は特にクリスマスと関係ありませんが、日が短く寒さの厳しいこの季節は戸外で遊ぶのに適さないため、小さい子供に観劇の楽しさを教える良いチャンスなのでしょう。
 
ほとんどの演目は日本の皆さんにもお馴染みのお話ですが、「ディック・ホイッティングトン」はご存知でない方もおられると思います。一文無しの家出少年がロンドンの市長になるという、実話に基づいた立身出世物語です。ディックのパートナーとしてゆかいな猫が登場します。
 
どのお話も、夢と冒険がいっぱいで最後はめでたしめでたしの結末ですが、子供が大きくなってくるといつまでもパントマイムというわけにはいきません。
 
我が家もティーンエージャーの子どもが2人いて、劇場には連れていきたいけれど、何を見せたらよいか頭を悩ませました。そして最終的に選んだのがシェイクスピアの「マクベス」です。劇中でたくさんの人が殺される、この季節にはあまりにも不釣り合いな演目ですが、パントマイムを卒業した子どもたちに、大人の劇の魅力を知ってほしいと思ったからです。
 
英国では14-15歳ぐらいの時に学校の英語の時間、初めてシェイクスピアに本格的に取り組みます。ストーリーがあまり複雑でないのと、分量もあまり多くないため「マクベス」をとりあげることが多いようです。
 
そして16歳の時に受験する統一試験(GCSE)で、その理解度が試されます。このような経過でだいたいの子どもは、シェイクスピアが嫌いになります。学校で無理矢理勉強させられ、テストで苦しめられるからでしょう。これは英国の英語教育の問題点として、常に課題となっています。
 
シェイクスピアを見に行って観客席を見渡すと、だいたいが中高年の人々です。時々昼間の公演で、先生に引率されて見に来ている生徒たちを見かけますが、友達とおしゃべりしてしまったり、静かにしていると思ったら、居眠りしている生徒もいます。
 
そんな中、今回私が選んだ「マクベス」は、珍しく若い人たちの人気を集めています。その理由は、マクベスなら学校で勉強したことがあるのと、何よりもマクベスを演じているのが英国の人気俳優ショーン・ビーンだからです。
 
ショーン・ビーンはもともと舞台出身で、ロイヤルシェイクスピアカンパニーの『ロミオとジュリエット』でロミオを演じたこともある二枚目俳優ですが、その後テレビと映画を活動の中心としていました。今回15年ぶりに舞台に立つということで、注目を集めています。
 
演出は若手のエドワード・ホール。幕開けは稲妻と雷で観客をあっと驚かせ、その後はせりふを思い切ってカット、場面転換を早くし、効果音を上手く使って、居眠りする暇もないほどスピーディーで緊張感のある舞台でした。
 
ショーン・ビーンの最近の出演映画は、日本でも評判となっている『ロード・オブ・ザ・リング』です。これは悪の指輪を手にしたホビット族の青年フロドを中心に結成された9名の仲間が、指輪を狙う悪の冥王サウロンの追手から逃れて、指輪を抹消するまでの壮大な闘いのドラマですが、ショーン・ビーンはこの仲間のひとり、ボロミールを演じています。ボロミール自身も指輪の魔力によって、指輪を所有したいという権力欲にかられます。そしてそれをきっかけに敵に襲われることになり、激しい戦闘の末、命を落としてしまいます。(映画『ロード・オブ・ザ・リング』第1作の最後)
 
マクベスの最後の戦闘場面は、このボロミールの場面とイメージが重なり、私には大変印象的でした。当日の劇場はティーンエージャーを連れた家族や若いカップルが多く、我が家の子どもたちもシェイクスピアを楽しんでくれたようです。

03・01・12