ポンパドール夫人

ロンドンは、博物館や美術館が多いことでも有名です。大英博物館やナショナルギャラリーがその筆頭で、スケジュールに余裕のない観光客はまずそこを訪れます。私もその2つには、日本からのお客様と一緒に何度も足を運んでいるのですが、それ以外にも興味深い美術館がたくさんあります。

オックスフォード・ストリートを少し入ったところにあるウォレス・コレクションもその1つで、前々から訪れてみたいと思っていたのですが、なかなか機会がありませんでした。

先日英国人の友人が「ウォレス・コレクションでランチをしましょう」と誘ってくれました。「そのあとポンパドール夫人が案内役になってコレクションの説明をしてくれるのよ」と聞いて私はびっくり。

ポンパドール夫人といえば、ルイ15世の愛人として知られるフランス宮廷の華だった女性。ウォレス・コレクションはもともと、一貴族の私的なコレクションでした。それが後に国家に寄贈されたので、一瞬「あのポンパドール夫人の末裔とウォレス家に何か関係があるのかしら」と思いましたが、どうもそうではないようです。

当日、ボンドストリート駅で地下鉄を下り、クリスマスショッピングで賑わう大通りを脇にはいると、18世紀に建てられた貴族の館があらわれました。個人の邸宅だというのに、思っていたよりずっと大きく立派なのに驚かされます。

西暦2000年を記念して行われた改装工事で、もともと中庭だったところにガラスの天井がつくられ、吹き抜けの光溢れる空間となっています。ところどころに彫像がおかれ、内部のギャラリーも窓越しに眺められるそのフロアが、レストランです。

その日は誘ってくれた友人の誕生祝いをかねて、女性ばかり10名ほどが集まりました。こちらではいくつになっても、女性同士でお誕生日を祝いあう習慣があります。それを口実に普段会えない友達が集まって、おしゃべりを楽しむチャンスでもあります。

貴族の館の雰囲気とおいしいお食事を味わったあと、いよいよポンパドール夫人とご対面です。

フランスロココ時代の画家、ブーシェの描く『ポンパドール夫人』の肖像画から抜け出てきたようなヘアスタイルとドレスの女性が、玄関ホールに続く大階段の前に登場しました。

ここで私はやっとその趣向が分かりました。この美術館にはフランスロココ時代の絵画、調度品、磁器などが数多く展示されています。ポンパドール夫人(実は役者さん)が自分の屋敷を案内するような形で、そのコレクションを紹介してくれるのです。

扇を手にフランス訛りの英語を話す彼女は、宮廷社交界の様子、愛人である国王ルイ15世のこと、幼くして逝った自分の娘のこと、そして正妻である王妃と国王との関係など、いろいろなエピソードを交えながら、自分と縁のあるコレクションの説明をしてくれました。

若々しい顔立ちで描かれている自身の肖像画の前では、「これをブーシェが描いてくれたとき、私はルイの愛人になって14年目でしたから、こんなに若くて可憐な姿ではなかったはずです。でも肖像画というものは、本当の姿を映すのが大事なのではなく、国民に自分のことをどう見てもらいたいかを盛り込むものです。私は純粋さや愛情の深さといったものを伝えたかったので、このような絵になりました」と話してくれました。

肖像画の顔と目の前にいるポンパドール夫人の顔が違うのも、この説明で妙に納得できてしまったから不思議です。

美術鑑賞にこんな楽しいやり方もあるのだと、ロンドンの懐の深さに感動し、誘ってくれた友人に感謝した午後でした。

02・12・15