「新日本料理」人気の秘密
 
日本経済沈滞の影響で日本人ビジネスマンの数が減ったため、ロンドンにある日本人向けレストランやバーは苦戦を強いられています。これに反してロンドンは好景気が続いたので、数年前と比べて新しいおしゃれなレストランが増えています。そうはいっても、食べ物に対して保守的な英国人の嗜好が急に変わったわけではありません。ロンドンをビジネスチャンスと見てやって来た米国人ビジネスマンが、変化の牽引役を果たしているらしいのです。
 
先日、アメリカ版ミシュランともいわれる「ザガット」誌が、ロンドンの有名レストラン調査結果を発表しました。これによると、過去4年間トップの座を維持してきた“The Ivy”が、日本食レストラン“Nobu”にその座を明け渡したそうです。
 
“Nobu”は日本人のシェフ兼オーナーであるマツヒサノブユキさんのお店ですが、米国経由でロンドンに進出しているのが特徴です。日本に生まれ、東京の寿司屋で修業したマツヒサさんは、まずペルーのリマに渡ってレストランを開きます。そこで文化や食材の違いを経験し、新しい日本料理を創作するきっかけをつかみます。しかし新鮮で良質のネタにこだわる職人気質のマツヒサさんにとって、レストラン経営は容易ではありませんでした。店の経営難、店舗の焼失など苦難の連続で、リマからブエノスアイレス(アルゼンチン)、アラスカと渡り歩き、1987年ロサンゼルスにたどりつきます。
 
ここから“Nobu”の成功物語がはじまります。彼の料理が高い評価を受けるようになったのです。まずロサンゼルスタイムズ誌が彼を、「南カリフォルニア料理界の新星」と紹介しました。1993年には、ニューヨークタイムズ紙の「行ってみたいレストラン世界トップ10」に選ばれています。こうして1994年にニューヨーク進出、1997年にロンドン進出を果たしました。
 
この気になるレストラン“Nobu”の料理とはどんなものか、先日実際に体験する機会がありました。良質の食材を使った和風料理は、日本人が食べても美味しいと思えるだけでなく、日本人以外の人にも喜んでもらえるよう数々の工夫が施されていて、人気の秘密が納得できました。買ったばかりのデジカメの写真で、皆さんにも楽しんでいただきたいと思います。
 
“Nobu”はロンドンの一流ホテルが並ぶPark Lane沿いにあります。窓からはハイドパークが見下ろせる絶好のロケーションです。店内は非常にシンプル。ロンドンの日本レストランにありがちな、富士山の絵とか、掛け軸は皆無です。ディナーの時間でも、白木のテーブルにテーブルクロスはかけられていません。無駄なものはなくして、「料理で勝負だ」という意気込みが感じられます。
 
メニューから、“Nobu”の定番人気料理が楽しめる「シェフのお薦めコース」を選びました。
 
最初にでてきたのは、「ハマチのタルタル・キャビア添え」。ハマチをネギトロのように細かくして、醤油風味のたれをかけたものにキャビアが乗っています。これは非常に小さな鉢に入っているのですが、この鉢が、細かい氷をいっぱい入れたどんぶりくらいの鉢に埋め込まれるような形で運ばれてきます。スプーンでいただきます。ピンクのハマチとブルーのキャビアの彩りが美しく、スプーンで食べるので、箸を使い慣れない人にも食べやすい一品です。
 
次の皿は「ニューさしみ」です。えびと鯛の刺身に熱くしたオリーブオイルをかけてあるので、生っぽさが和らげられ、日本人以外でも食べやすくなっています。ゴマ、生姜の風味の効いた醤油ダレがかかっています。
 
次は「マグロのたたき」。表面に火を通し、中身はレアのままのマグロは、牛ステーキの切り身のようで、見た目も美しく、大変おいしくなっています。大根おろしのはいった醤油だれが皿にひかれ、マグロの後ろには、サラダ菜などの生野菜を大根のかつらむきで巻いたサラダが立体的に置かれており、日本の門松を思わせます。目でも楽しませてくれる一品です。(写真1 右)

 
次の「ギンダラのみそ漬け」は、レストランの人気料理の1つです。やや甘めの味噌に丁寧に漬け込まれ、美しく焼き上げられたギンダラは日本人でも大変美味しいと思うのですが、タラというとフィッシュアンドチップスのコッド(Cod)がまず思い浮かぶ英国の人にとっては、その概念が変わるほどの感動的な料理だそうです。
 
「石焼き牛ステーキ」。石でできた皿を熱くし、その上にステーキの切り身が載せられてでてきます。
 
「寿司盛り合わせとお吸い物」。お皿に寿司が盛られていますが、一番左のは、ニューさしみを載せたものです。右手後方に見える白いものは巻物で、なかにアボガドとソフトシェルクラブを揚げたものが入っており、軟らかさと香ばしさが同時に楽しめます。海苔で巻いた上に大根のかつらむきでさらに巻かれているため白くみえます。英国の人は寿司は好きでも黒い海苔は苦手という人が多いのです。あの黒い色を見ると、食欲が減退するという人もいます。かつらむきは、そういう人たちへの配慮かもしれません。(写真2)
 
ここまでいただいてお腹がいっぱいになったところで、弁当箱(鰻重を入れるような)が運ばれてきます。「エーもう食べられないのに」と思いながらふたを開くと、なかにはデザートが。ほろ苦い抹茶アイスとチョコレートケーキです。チョコレートケーキは外側がスポンジで内側には温かいチョコレートソースが詰まっています。冷たいアイスと温かいソースの取り合わせが絶妙。ここまでのコースがちょっと軽めだったなと思う欧米の方でも、最後のこのチョコレートで大満足ということが多いようで、ベントーボックスデザートは大人気です。ちなみに弁当箱の中身はスプーンでいただきます。(写真3)
 
自らカウンターに立ちながら、お客様の喜ぶものを提供するために長年工夫を重ねてきたシェフのマツヒサさん。その努力が伝わってくるような、新日本料理でした。