英国の大女優 ジュディー・デンチ
 
映画「恋におちたシェイクスピア」をご覧になった方なら、エリザベス一世を貫禄たっぷりに演じた女優を覚えておられることと思います。それが英国の誇る大女優、ジュディー・デンチです。登場した時間は短く、せりふも少しだったのに、その圧倒的な存在感でアカデミー賞助演女優賞を受賞しました。
 
最近は映画出演が多いのですが、もともと舞台出身で、1950年代から、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーを中心に様々な劇場で、シェイクスピア作品の舞台に立ってきました。私はまだ映画でしか彼女にお目にかかったことがないので、ジュディー・デンチがナショナルシアターで「対談」をすると聞き、何ヶ月も前から入場券を予約して楽しみに待っていました。
 
当日ナショナルシアターの一番大きな劇場は早くから満席となり、彼女の人気のほどが伺えました。客席は彼女と同年代の人が多いようでしたが、若い世代もちらほら見受けられました。舞台に登場した彼女は、普段着っぽい黒のパンツスーツ姿でした。彼女の伝記を書いているジョン・ミラーという作家が進行役をつとめ、今まで登場した作品や、共演者とのエピソードを振り返るというのが当日の趣向でした。
 
私が映画で見たデンチは、エリザベス一世やビクトリア女王だったり、ケネス・ブラナーの「ハムレット」に登場するせりふのないヘキュバ(旅役者が朗誦するシーン)だったり、アルツハイマー症になったアイリス・マードック(英国の有名な女性作家)だったり、その存在だけでオーラを感じさせるような寡黙な役柄が多かったのですが、素顔のデンチは早口でとてもよくしゃべる人でした。テーブルにおかれた水差しの水を何度もコップについで、それを急いで口に運びながら、どんどんおしゃべりを続けます。
 
「映画『ショコラ』の時、みんなはお天気の良いフランスで撮影だったのに、私だけ雨がどしゃ降りのサマセット(イングランド南西部)で撮影だったの。さんざんだったわ。でも本物のショコラをいただけたのはよかったわ。やっぱりホットチョコレート(ココア)は本物のショコラじゃないとね。」とか「『シッピングニュース』の撮影はニューファンドランド島だったので、主役のケビン・スペイシーはじめスタッフは全員、そこにいる間にクジラを見たの。でも私は他の仕事と重なって行ったり来たりだったから、一度もクジラに出会えなくて、とても残念だった。一度船の中で撮影中に、誰かが遠くで『クジラだ!』って小さな声をあげたのを聞いたの。私せりふを言いながら、思わず船室にある窓のほうに近寄ってしまったわ。」といいながらソファーから立ち上がってその時の様子を再現して見せたり。茶目っ気いっぱいのとても楽しいトークでした。
 
最後に客席からの質問に答えてくれました。「今までに依頼を断った役はありますか。それはどんな役ですか。」という質問に対する答えがとても印象的でした。

[もうちょっと難しくてやりがいのある役ならお受けするのにと思って、お断りした役が今までにいくつかあります。私の演技人生は、空中にピンと張ったロープの上を、バランスを取りながら綱渡りしているようなものです。いつも難しいものに挑戦しているからこそ、そこから落ちないでいられるのです。緊張感を失ったら、あっという間にそこから落ちてしまいます。」
 
「これからも危険がいっぱいの取組み甲斐のある役をやりたい」と言う彼女に、大女優たるゆえんを見たような気がしました。

02・09・26