シェイクスピアはグローバルブランド?

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)のパフォーマンスはロンドン通信でも何度か話題にしてきましたが、今英国では、RSC自体の動向に注目が集まっています。新聞の評論欄にも「ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーは、今やそれ自体がドラマだ…その筋書きには、裏切り、策略、思い上がりが詰まっている…」とか、「RSCは我らの時代のTRAGICOMEDY(悲喜劇)」「RSCのMuch ado(大騒ぎ)」などという文字が踊っています。

ことの発端は今年2月、RSC芸術監督のエイドリアン・ノーブルが大胆な改革案を発表したところに遡ります。ストラットフォード・アポン・エイボンにあるロイヤルシェイクスピアシアターを改築し、エイボン河畔に「シェイクスピア村」を建設する構想を打ち出したのです。シェイクスピアに惹かれて街を訪れる観光客に様々な企画を提供しようというのがその狙いで、例えばHamletの公演に先立って、ラストシーンへの興味を盛り上げるため観客に剣術の実習をやらせるなどのアイデアが提示されていますが、関係者を納得させるにはいまひとつ説得力に欠けるようです。

演劇界の人々がエイドリアン・ノーブルの改革に違和感を覚える最大の理由は、革命的とも言える彼のRSC経営方針にあると思われます。2月に行われた記者会見で、彼は次のように述べています。

「RSCはグローバルブランドである。我々は多くの人々が興味を抱くようなプロダクトを創出し、その販路を見出そうと努めている。」

まるでマーケティングの専門家のような発言ですが、これを実行するために彼はニューヨークの辣腕エージェントを雇い、カンパニーの利益を最大化しようと努めています。最もわかりやすい例はシェイクスピアグッズにRSCのお墨付きを与えること。ストラットフォードの土産物屋では、RSC正式公認グッズでない”I Love Willy” Tシャツや、マクベス消しゴムは売れなくなるようです。

エイドリアン・ノーブルは、RSCが長年ロンドンの拠点としてきたバービカン劇場も切り捨てる意向です。商業劇場の集まるウエストエンドの劇場を使った方が、経営効率がよいというのが理由のようです。この一連の改革に、エイドリアン・ノーブルの先輩にあたる人物は反旗を翻してRSCを辞任。RSC総裁であるチャールズ皇太子のもとにも改革を憂慮する意見が多数寄せられ、皇太子がノーブルを召還して話し合いを持ったようです。

ロイヤルシェイクスピアシアターもバービカン劇場もかなり老朽化してきていますから、ノーブルの改革案にもなるほどと思われる所があります。しかし一番問題なのは、この改革が彼を中心にした一部の取り巻き集団によって推進され、長年ロイヤルシェイクスピアシアターに尽くしてきた演劇関係者は蚊帳の外におかれている点です。RSCのブランドを支えてきたのは、演劇への情熱を持って舞台で、あるいは舞台裏で献身的な働きをしてきた人々です。こういった人々の士気が低下すれば、当然観客の情熱にも影響がでてきます。バービカン劇場のバックステージスタッフ組合は、ノーブルの改革案に反対を表明するため、9対1の絶対多数でクリスマスシーズンのストライキ実施を可決したそうです。これが決行されると、RSCにとっても演劇愛好家にとっても大きな痛手です。

ある批評家は次のように記しています。「このドラマは今までのところ波瀾万丈、しかし第2幕はもっとおもしろくなりそうだ。そしてハッピーエンドとなる保証はどこにもない。」

暗い事件の多かった2001年、RSCはぜひハッピーエンドでと切実に願う私です。

01・11.28