RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の
                                 
THE MERCHANT OF VENICE

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの起源は、19世紀のストラットフォード・アポン・エイボンにまで遡りますが、1960年代以降、ロンドンにも拠点を持つようになりました。また本格的な演劇を英国中の人々に届けるという使命を持ち、毎年国内各地の巡業に力を入れています。ロンドンでは、バービカンにあるバービカン劇場とピット劇場を使用しています。

THE MERCHANT OF VENICEは、客席200足らずの小劇場、ピットで上演されました。中央に舞台があり、3方を取り囲むように客先が配置されています。コメディーフランセーズで1ヶ月程前に同じ作品を見たばかりだったので、演出により作品の捉え方が異なることがよく分かり、大変興味深く思いました。

先ずオープニングは、クラブの1室で男達がアルコールとタバコを楽しみながら談笑しているシーン(若いはずのバサーニオは、髪の毛がずいぶん薄くなっているのが残念)。最後にアントーニオが皆の勘定をまとめて払ってやるところで、彼と若者達の関係が見えてくるようになっています。

これに対してコメディー版は、男性ばかりのフィットネスクラブが舞台。上半身裸でウエイトトレーニングに汗を流す男達。舞台中央にはギリシャ彫刻のように鍛えられた身体を披露しながら全裸でシャワーを浴びる若者(もちろん後ろ姿しか見えないように工夫されていました)。シャワーは本当の水ではなく、照明を上手に使って水の飛沫のような効果を出していました。健全でちょっとセクシーな、男同士の友情の世界が表現されていたと思います。

RSC版のシャイロックはちょっと猫背で、いかにも陰険で卑屈な金貸しというイメージ。コメディー版は、颯爽としたやり手ビジネスマンのイメージでした。第3幕1場の、「ユダヤ人には目が無いというのか…」で始まるシャイロックの有名なせりふの扱い方も対照的です。RSC版では、アントーニオの友人達に向かって挑戦的に発せられ、それに対して相手も唾を吐いたり軽蔑の意味を込めてコインを投げつけたりし、両者の対立の根深さを伺わせます。これに対しコメディー版は、観客に対して語りかける独白として扱われており、シャイロックへの同情を高める効果を上げていました。

RSC版はアドリブもなく、独創的なシーーンを付け加えることもなく、全体としてシェイクスピアのテキストに忠実でしたが、憎悪、恨み、復讐の連鎖から逃れられない男性陣に対し、女性陣の活躍が印象的でした。シャイロックの娘ジェシカは、キリスト教徒の恋人のために親を捨てますが、新しい世界への戸惑い、親を思う気持ちが演技に表れていて、シャイロックに対する同情心を生み出す効果をあげていました。若き裁判官に扮するポーシャは、冷静で頭脳明晰、シャイロックに冷酷とも言える判決を言い渡すのですが、その姿と口調が、今英国で大人気のテレビクイズ番組、THE WEAKEST LINKに登場する女性司会者ANN ROBINSONにそっくりでした。この番組でANN ROBINSONは笑顔一つ浮かべず、良い成績を上げられないクイズ回答者に辛辣なコメントを投げつけ、”You are THE WEAKEST LINK”と宣言してその回答者を退場させるのですが、その無情で冷酷な口調が新鮮と評判を呼び、彼女とそのクイズ番組は、米国のテレビにも進出を果たしています。このルーツは逆にポーシャにあるのかもしれません。

さてRSC版を演出したのは、これがRSC演出デビュー作となるLOVEDAY INGRAM。新聞の劇評であとになって知ったのですが、LOVEDAYは女性演出家です。今回の作品で女性陣が光っていたのも、その影響かもしれません。彼女の今後の活躍に期待しています。
01・11・16