アイルランドの細道 愛蘭土独吟百韻 

芭蕉は「奥の細道」の旅立つ前に、庵を人に譲り

     草の戸も住み替わる代ぞひなの家

  
面(おもて)八句を庵の柱に懸け置く

と書いている。これには百韻の連句の書き出しの八句を書いて、吟じながら、旅を進めようとする意図が見える。

長谷川櫂『「奥の細道」をよむ』ちくま新書は芭蕉のこの旅を歌仙様式(36句)に見立てて、論じられていて、それはそれなりに面白いのだが、芭蕉が現実の行ったのは、おもて八句とあることから、百韻の連句ではないかと思う。
私もタイトルの2字を芭蕉から拝借している手前、100韻くらいは巻いておきたい。ただ、私は俳諧師ではないので式目は大目に見てもらうことにして、私の表八句は次の通り:

愛蘭土独吟百韻  初の折 表八句  (出発まで)

    古希越えて真夏の夢や愛蘭土

       土用の梅の甘く香りて

    蝉時雨ミシェランで追う二百余里

       やわく泡立つギネス片手に

    今はなき友も加わる旅プラン

       いくつ峠を越えて来つらん

        満月にゆるりと歩む千切れ雲

       旅の弾みに開くブログ


注:ミシェランの地図の表紙は赤い。ミッシェランのガイドブックも表紙は赤いが、この方は、私の旅には無縁であろう。徒歩旅行の姿で出入りできるような、ホテルもレストランも載っていないので。私の旅は無印良品の旅。

愛蘭土独吟百韻  初折の裏

     眼精の疲れに甘し柚子の風呂

         喪中欠礼増えるこの頃

     屠蘇賀状先ずはめでたきおらが春

         梅が鳥呼ぶ小さき公園

    ブロンドの子の漕ぐブラココ空晴れて

         ブランド犬は皆静かなり

    パトリック祭ハープで爪弾くダニーボーイ

         芽吹き待たるる表参道



3月15日、「アイルランド・フェスティバル2009 イン・トーキョー」で表参道は日本とアイルランドの国旗か飾られ、一時通行止めで、パレードがあった。表参道ヒルズで沢山の催しものがあって、その中の菊池恵子さんのアイリッシュ・ハープの演奏を聞いた。本当に美しく心を打たれた。

    旅支度月の岬を思いつつ

        杖もとりどり好日山荘

    4代目もビムラム底の重き靴

        足ならしにと歩く3駅

    花浴びて観光局を帰る道

        ネットで迷う格安チケット


駄句を重ねて恥ずかしい限りですが、旅の準備の1年間は楽しい一年でした。

愛蘭土独吟百韻  二の折表 (出発からアイルランド着)

    子連れらに混じり申請パスポート
         
            共に飛び立つ豚のインフル

    機内食配る碧眼大女 

        機長も見送りボンボワイヤージュ

    天井高きハーンの小部屋に旅装解く  (ダブリン着 ラヒカデオ・ハーンも住んだことある宿泊))

        人が生きておるパブ多き街

    薄明に曲線艶めくケルズの書  (トリニティーカレッジ)

       万巻百年繙(ひもど)かれずに

    スイフトもステラも旅人の足のもと (聖パトリック教会)

       過客の我らに柔わきミサ曲

    古都映すホイルの河の水豊か (デリー着)

       城壁今なお抵抗の町

    使われぬ黒き砲門月冴えて

       歴史の旅籠に子らの笑声


愛蘭土独吟百韻  
二の折裏
  (ひたすらに歩く日々)

    愛蘭の母逞しき太き腕

       白きマリアは辻の祠に

    遥かなるデリーの谷間歌の里

       午後の入り江の銀の輝き

    高岡に犬も迎える農家宿 (バート)

       壁の伊万里に祖父の想い出

    この国の朝食にも馴れ旅日和

      万物流転の早き雲
行き

    
愛蘭の女神のしとにやにわか雨

       濡れて草食む黒馬親子

    人の手で積まれし石垣果てもなし

       緑に身を染め歩く尽日

    追い風に帽子取られて花いばら

       遭難の碑も草に埋もれ  


愛蘭土独吟百韻 三の折 表  

    百軒の街道筋や子等多し

       客さまざまのネットカフェ   

    老眼で一人息子にSkypeする母

       画面のわが子の近くて遥か

   道標のキロ数以上に長き道

      疲れ吹き飛ぶ野鳥一声

   村人にギネスおごらる峠バブ

      五円硬貨で話題広げる

   日本よりアメリカ近し移民国

      馬鈴薯畑に遅き月の出

   行けどなお山容変わらぬベンベルベン  (ベンベルベンはスライゴー近くの山)

      馬上の少女の背筋皆伸ぶ

  「騎乗の人よ 過ぎ行け!」と白き墓碑銘 (イエイツの墓)

      そぼぬれて着く日曜のスライゴー


愛蘭土独吟百韻 三の折 裏

   
インスフリーは心の住みか小さき島 (ギル湖に浮かぶ島。イエイツの詩で有名)

       I will arise and go now, and go to Innisfree (その詩の冒頭)

   村酒場ギネスの力でなお数里

       宿の女将のやわき手のひら

   相客もなき短か夜の月明かり

       浅き眠りに娑婆のことども


   案内所緑のスカーフ頼もしき (旅行案内所の女性は皆同じスカーフを着けている)

      
騒雨が保つエメラルドの国

   
人囲む大道芸人日も落ちて (ゴールウエイ)

      一人片隅今日のスープ呑む (Soup of the dayはどこでも美味しい)

    神々の降臨したる岩の島  (アラン島)

       百丈崖に白波寄せて

    自転車と観光馬車行く花小道


      
セータ売り場に異国語飛び交う


愛蘭土独吟百韻 名残の折 表

   土産物買わで過ぎ行く徒歩の旅

      給油所隣はいつもコンビニ

   道尋ね青いりんごを3つ買う

      重きザックに馴れたこの頃

   乗らぬかと赤い車の愛蘭娘

      笑顔で断り歩み続ける

   峠越えて広がる野辺に鳥の声

      農家の犬は吼えて迎える

   草臥れて尖塔目で追う曇り空  (教会の尖塔が見えるところが町)

      パブの二階が今日のわが宿

   店番のブロンド娘は長電話

      人恋そめし初めなり

   ライブはねまだ酔い覚めぬ月の道

      ケルトの唄の澄みて悲しき


愛蘭土独吟百韻 名残の折 裏

   
飛ぶ鳥に故郷を思う杖の旅

      我を見送る野辺の牛馬

   あの岡を越えれば目指す古都コーク

      にわか雨降る原色の町

   旅の終わり女将逞しい駅前の宿

      いつもの朝食皿温かき

   野辺の花人情ギネス愛蘭土

      雲の下にはエメラルドの島


                2011年1月2日 尾  

【あとがき】
最初は吟行のように連句を巻くつもりでしたが、いざ歩き始めるといつの間にか、初志を忘れていました。後半は帰国後巻いたものです。物忘れが激しいこの頃ですが、1ヶ月の徒歩旅行は、1年半たった今も記憶に鮮やかに焼きついており、歩いた時の体感を含め、楽しく反芻しています。
付け筋(前句と後句の結びつき)が独りよがりなので、分かりにくいかもしれませんが、旅の落穂拾いとして読んでいただければ幸いです。
  

 百韻式目   四折 百句 四花七月

初の折   表八句 (七句目月)     裏十四句 (九句目月、十三句目花)
二の折    表十四句 (月)        裏十四句  (月、十三句目花)
三の折   表十四句 (月)        裏十四句  (月、十三句目花)
名残の折  表十四句 (十三句目月)   裏 八句  (七句目花)


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